初参加から始まるジャズの会話|アドリブ味見の会@音登夢
里村稔(サックス)さんの初めてのアドリブ味見の会@音登夢 2026.9.30のリポートです。
偶然の再会
初参加の方が、2名さま。
しかも、全然別で申し込みされた二人は、偶然お知り合いで、会場入りされた時に、お互い奇声を発していました。(笑)
音登夢オーナーでもある木村ナンシー直子(バイオリン)さんも参加。ナンシーさんと里村さんは、ネット上では知り合いながら、リアルには初対面。こういうことが起きる時代になりました。

まずは「2音」から
いつも通り2音のゲームから。ゆっくり始めて、8小節でソロを回してゆきます。
ビッグバンド経験者、プロのクラシック奏者の二人は、軽快にメニューをこなしてゆきます。
ナンシーさんは、特にサックスとの生共演は珍しいそうで、里村さんの演奏のインパクトにつられて、演奏のエネルギーがどんどんアップしていきます。
リズムの説明後、アップテンポで。その後、1コーラスごとのソロのトレードの頃には、みんなジャズの形を成していました。うん、素晴らしい。
「社会」の中でアドリブを覚える
アドリブ味見の会は、人が母国語を覚える時に誰にも習わない。ただ、それを使う環境に生まれるだけ、という性質を利用した「セッション」と言えます。
集まった人たちは、私たちは「社会」そのものと捉えています。
つまり、マスターした人、同じぐらいマスターした別のスタイルの人、かなり演奏できる人、まあまあ演奏できる人、何回か参加しているが要領を得ない人、時々しか来ない人、初参加の人。
それが、お互い音でルールに従って会話して、様々なことを感じます。
「あれを、うまいと言うんや」「あの人の方が上手いな」「なんでええな、と感じるのかな」
「あの人も、できてないし、まあ私だけじゃないな。良かった」など。
「アドリブの赤ちゃん」から
こういうことは、いろんな人がいないと経験できません。
そして、お互い助け合って、とやかく言わないこと、が私たちのルールです。
私たちは「アドリブの赤ちゃん」から始めます。
赤ちゃんは、周りから優しい目で見られることはあっても、うまくいかないからといって、とやかく言われません。
苦いセッション体験から
私は「セッション大会」が、昔、苦痛でした。なぜ、知り合いでもない人のところに行って、多くの場合、恥をかいたと思い、もう一度やり直すチャンスのないまま、時には、常連らしき人にマウントを取られ、本当に聞きたいことも解決せず、そのまま家に帰る。次にチャンスは、そうすぐには来ない。
それはそれで、良い経験となりますが、そういう苦い経験から、ジャズだったり、アドリブから離れていく人も多いのです。
だから、もっと間口を広く、優しい、楽しい、音の会話から始めて、本格的。
そういう場を作りたかった。もちろんスタンダードジャズを素材にしながらも、もっと根源的な音楽に対するジャンルを超えた気づきがあるものにしたかったのです。
そして、それを実現し始めている、と感じます。
本格的な演奏が刺激になる
アシスタントのナンシーさんは、毎回どんどん実力を付けていて、今回も、里村さんとメロディーを交互に演奏したり、オブリガートを演奏したり、「横で本格的なソリストが演奏してはるとものすごい刺激を受ける。私もできそうな気がしてきた。」とおっしゃっていました。
「ポップに響く」ということ
あと、テクニカルなソロも良いのですけど、私は、アドリブ味見の会では「ポップに響く」ことを考えています。
たくさんのテクニカルな音をどんどん演奏する人たちが参加するセッションもありますが、私たちは、まず少ない音でも、印象的な演奏をすることを考えるんです。そこに演奏者の顔が鮮明に見えてきます。
「プロになる道」はあるのか
先日「私は、プロになりたい。アドリブ味見の会は、素人騙しではないのか? アドリブ味見の会の先、岡本メソッドの先に、そういう道は用意されているのか?」そういう問いをされました。
僕は「はい。可能です。」と答えました。
僕は、音楽で、演奏でメシを食う、というのは、一人の人間の「魅力の総体」による勝負、だと捉えています。
誰よりスキルがある、云々は、一つの実現の要素でしかないと思います。
「社会がプロにしてくれる」
それは「あなたがプロになる」のではなく「社会がプロにしてくれる」、そういう意味では、
「アドリブ味見の会」は、そう願う人たちへの身近な社会として、大事な場所を提供し始めていると感じています。
さらに進化するアドリブ味見の会
アドリブ味見の会は、さらに進化しています。
ぜひ、一緒に楽しみましょう。
アドリブ味見の会のスケジュールは以下から。




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